栄光の最高速トライアル 語り継がれるS30Z(前編)

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「今でもこのS30 Zを作ってほしいと頼まれます」

Q:スピードショップKUBOの代表作のひとつは、最高速トライアルで当時の最高記録、240.02㎞/hをマークしたフェアレディS30Zです。久保さんが最高速トライアルを始めたきっかけは?

「私が世田谷でショップをオープン(1975年)してから1年半か2年ぐらいたった頃だったと思います。ある時、日産車の試作車を扱っている特殊な解体屋さんに行ったんです。そこは普通の人が入れないところですよ。その解体屋さんに行ったら、2800ccのL型エンジンの試作品がスクラップで出てきたんです。それを入手することができました。もちろん日産が正式にL型の2800ccのエンジンを販売する前のことですよ」

Q:それはすごいですね。今では考えられないことです。

「その頃は何でもスクラップに出していたからね。R380でさえスクラップに出していたんです。今から考えると、もったいないよねえ(笑)。その解体屋さんに『380を売ってくれよ』と頼んだんですが、380だけはどうしても売ってくれなかった。もし購入して、今まで持っていたら、マンションぐらい買えるかもしれないね(笑)。R380はステアリングまでついていて、エンジンをかけたら、本当にすぐに走るようなものだったんですよ。それが4台ぐらいあったと思うなあ」

Q:その380はどうなったんですか?

「380はグラスファイバーでできていて、フレームはアルミパイプでできていました。だから全部燃やしてしまったんだよ。日産は今でも何台かは持っているけど、その解体屋さんにあった4台は全部燃やしちゃったんだよねえ。もったいないけど、そういう時代だったんです......。ちょっと話は逸れてしまったけど、そこでL型の2800ccのエンジンを入手したので、うちのお客さんのひとりにガソリンスタンドの社長をやっている方がいたんです。その方はS30に乗っていたので、『いいエンジンが入ったので、載せ換えない?』と言ったら、『いいよ』っ返事をいただいたので、そこから始まったんです」

Q:それで最高速トライアルをやってみようとなったんですか?

「いや、最初はそんなことはまったく考えてもいませんでした。私が『2800ccのエンジンを載せたZが完成するよ』って話をいろんな人に話していたら、当時、トヨタの2T-Gエンジンを搭載した27(カローラ)レビンに乗っていたヤツが、『俺のレビンはフェアレディZにも負けない』と言ってきたんです。それで私も頭に来て、『じゃあ、勝負してみよう!』ということになったと思いますね。現在トムス社長の大岩(湛矣)氏がやっていたトヨタカローラ高島屋(現・トヨタカローラ東京)というデイラーがあったんですよ。そこでチューニングしたカローラに乗っていたヤツが、『Zには絶対に負けない』と言っていたんです」

Q:それで勝負することになった、ということですか?

「その話がたまたま自動車雑誌の『モーターマガジン』の人の耳に入ったようで、彼らが矢田部のテストコースを借り切って、実際に勝負してみようということになったんです。当時の矢田部は、日本自動車研究所という財団が所有しており、自動車メーカーやパーツ屋さんが共同で自分たちの商品をテストするためのコースだったんです。あの頃は、日本の自動車メーカーもテストコースをちゃんと持っているところは少なかったですからね。まあ、本来はそこを雑誌屋さんが借りるということはできないはずなんですが、彼らが顔をきかせて、営業時間以外だったら使ってもいいですよ、ということになったんです」

Q:じゃあ、最高速トライアルは早朝にやっていたんですか?

「早朝もいいところですよ(笑)。確か最初のトライアルは、2月頃だったと思いますが、早朝の4時ぐらいから始めるんです。もう真っ暗でした。それで7時ごろには終わらなければならないんです。朝の8時には各メーカーが、今日はタイヤのテストだ、ガソリンのテストだと、いろんなスケジュールが詰まっているわけですからね。だから、朝の4時半ぐらいから7時ぐらいまでの2時間半のうちに全部をやらなければならないんですからね」

Q:最高速トライアルはどういう手順に行われるのですか?

「1台ずつコースインして、7周~8周ぐらいアタックするという形式です。ドライバーはいすゞのワークスドライバーで、米村太刀夫さんという方でした。彼が全部のマシンをドライブしました」

Q:で、レビンとの勝負はどうなったんですか?

「第一回目の時は、うちのZとレビン、それにセドリックの3台が参加して行われました。参加台数が少なかったので、勝負自体はすぐに終わったんです。結局、Zが1位で、勝負を仕掛けてきたレビンはセドリックにすら勝てなかったけどね(笑)。それからしばらくして、次の最高速トライアルが開催されて、うちがZを出して、他のところがポルシェ911を出して、もう1台がフェラーリのデイトナで来たんです。その3台で勝負したら、当時としては最高の240㎞が出ました。デイトナは調子が悪かったのかもしれませんが、220㎞ぐらいしか出なかった。ポルシェは232㎞ぐらいしか出なかった。結果としては、うちのぶっちぎりの優勝だった。あの時、負けたポルシェの連中が『俺はこのクルマのナンバーを絶対に忘れないかなら』という捨て台詞を残して、去っていきましたよ(笑)」

Q:なんかすごく熱いですね(笑)。

「そうかもしれないね(笑)。あと雑誌の記事を見た他のショップの人間が、『うちのクルマはもっと速いよ』という電話をかけてきたこともありました。また『最高速を出したZを、いくらでもいいので売ってくれ』という電話もありましたね。その後も、いろんな雑誌で最高速チャレンジの企画をやっていましたけど、うちの記録は長い間、破られなかったんですよ。その記憶がいまだにたくさんの人の記憶に残っているのでしょうね。だから、今でも時々、これと同じクルマにしてくれっていう人もいるんですよ」

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